近現代史ゼミ(第3期・第32回、2015年3月28日)の報告  講師・内藤真治さん

「格差社会」を考える

1、「新語・流行語大賞」から見える《格差》
 2000年代から格差に関係する語句が登場(詳細は省略) 

2、格差社会を考えるためのキーワード
 ○新自由主義
 18世紀のアダムスミス以来の古典的自由主義に対する言葉。20世紀になると、経済への政府の介入を主張するケインズの政策が主流となっていたが、20世紀後半になると再び、国家による経済への介入を批判し、市場原理主義を重視する新自由主義が主張されるようになった。規制緩和や民営化、福祉の削減など「小さな政府」を主張する。世界的には、サッチャー英首相(任期・1979~90)やレーガン米大統領(任期・1981~89)があげられるが、日本でも国鉄民営化を実施した中曽根首相(任期・1982~87)、「官から民へ」をとなえ郵政民営化を実行した小泉首相(任期・2001~06)などがあげられる。もちろん、現在の政府もその延長上にある。


3、「堤 未果」を読む…アメリカの現実は近未来の日本の姿
 ①『ルポ貧困大陸アメリカ』(2008)
 ○新自由主義によって失われたアメリカの中流家庭
  1950~60年代にかけて日本のテレビで流行ったアメリカの人気ホームドラマは日本人にとって豊かな中流の
 イメージを植え付けるものだった。
   しかし、第40代レーガン大統領(任期・1981~1989)は効率重視の市場主義を基盤にした政策を次々に
 打ち出し、アメリカ社会を大きく変えていった。
※アメリカ農務省のデータによると、2005年にアメリカ国内で「飢餓状態」を経験した人口は3510万人
 (全人口の12%)
※アメリカ内国歳入局の発表によると、2006年度の時点でおよそ6000万人の国民が1日7ドル以下の収入で暮らしている。
※「イラクや北朝鮮で非情な独裁者が国民を飢えさせていると大統領は言いますが、あなたの国の国民を飢え
 させているのは一体誰なの?と聞きたいです」(息子2人と一緒に暮らすアフリカ系アメリカ人のモニカの言葉)
※貧困が生み出す肥満国民
 家が貧しいと、毎日の食事が安くて調理の簡単なジャンクフードやファーストフード、揚げ物中心になる。
 子どもは無料―割引給食、家庭では食糧配給切符(フードスタンプ)に頼るから、子どもも大人も肥満傾向
 になる。
※医療費で破産する中間層
 80年代以降、アメリカの公的医療は縮小し、国民の自己負担率は拡大。世界一高い医療費で普通に働く中間層の
 人々が次々に破産。自分の体は自分が守るとの思いから、サプリメントなど特定の食品を摂れば健康になると
 思い込むその流行を「フード・ファディズム」と呼ぶ。
※ワーキングプアが支える「民営化された戦争」
 イラクに貧困層を派遣する国際規模の派遣会社、戦闘自体を請け負う民間戦争請負会社がある。
 ②『ルポ貧困大国アメリカⅡ』(2010)
 ○2009年1月、オバマは熱狂的に歓迎されたが…
 ※公教育が借金地獄に変わる
  教育予算の削減で、大学の学費は値上げ、奨学金は縮み、学資ローンが拡大。
 ※崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
 ※医療改革VS.医産複合体
  国民皆保険制度(オバマケア)への反撃、…医療保険業界の反対、製薬業界との妥協  

 ③『政府は必ず嘘をつく』(2012)
  ○「1%と99%の戦い」=2011年ウォール街デモ
   「ウォール街を占拠せよ」を合言葉に始まった貧困・格差の是正を求める運動。アメリカでは上位1%の
   人間が、国全体の富の8割を独占している。その狂った仕組みは、想像を絶する資金力をつけた経済界が
   政治と癒着するコーポラティズム。
  ○「ただちに健康に影響はない」には気をつけろ~9・11作業員の警告~
   (2001年同時多発テロ事件)死体捜索や瓦礫除去作業の作業員の健康被害
  ○従順な人間を作る教育ファシズム
   「01年と02年に導入された愛国者法と落ちこぼれゼロ法という2つの政策が、異なる意見を押しつぶす
   空気を拡大させている。」

 ④『沈みゆく大国アメリカ』(2014)
  ○がん治療薬は自己負担、安楽死薬なら保険適用


4、トマ・ピケティ『21世紀の資本』ななめ読み
 1971年 パリ生まれ、パリ経済学校教授。『21世紀の資本』は多くの言語に翻訳され、学術書として異例のベストセラー。1月に来日。
○(3世紀以上にわたり、20か国以上の「富の分配についてのデータ」を分析。)
 資本主義は自動的に格差を生み出す。格差は放置すれば拡大する。
 だからこそ人為的に力を加えなければ平等な社会の実現はむずかしい。
○なぜ格差は拡大し続けるのか
 r(資本収益率)> g(経済成長率)
 資本(不動産、金融資産、工場や機械などの生産手段)から得られる富のほうが、労働によって得られる富より常に増加率が大きい。つまり、富裕層が株や土地などから得る収入の増え方のほうが、労働者の賃金の増え方より大きいということ。
○富裕層の資産の例
 ビル・ゲイツ(マイクロソフト社) 40億ドル(1990)⇒500億ドル(2010)
 リリアンヌ・ベタンクール    20億ドル( 〃)⇒250億ドル(〃 )
 (仏・化粧品メーカーの女性相続人、彼女は生涯に一日たりとも働いたことはない)

5、格差を解消するためのピケティの提案
(1)累進課税制度を通じて所得の再配分を
 所得税の累進性を強めることが必要。日本の場合、1974年に最高税率75%だったものが今は45%と逆に累進性を弱めている。
(2)世界的な資本税
 富裕層の資本(資産)に課税。国境をまたいだ税逃れ(タックス・ヘイブン)を防ぐため世界各国が協調した税にするべき。しかし、これはそう簡単ではなく、ピケティは「有益なユートピア」と表現した。


(まとめ  設楽春樹)


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